2007年03月29日

ランボルギーニイオタとは

ランボルギーニイオタとは

ランボルギーニ・イオタ(Lamborghini Jota)は、ボブズ・トイと呼ばれるボブ・ウォレスが作成したレーシングカーの1台。
1969年、37年前に社内の人々の協力を得、ランボルギーニミウラをベースにしたFIAのアペンディックス車両規定項目のプロトタイプ・クラス車両規則に準じて作成された。
当初、このアペンディックスJ項にちなんでJと名づけられたが、ベース車両の名前「ミウラ」はランボルギーニ初のペットネームで、スペインに起因するためJもスペイン語読みで「イオタ」と呼ばれるようになった。

シャシーからミウラとは別に用意され、フロントとリアのサブフレーム形状も異なっている。材質はスチール製だが所々に軽合金を使用し、軽量化が図られていてかなりスピードが出る。
このシャシーとボディーパネルはリベットで接合され、外観上のポイントにもなっている。また、トレッドも広げられ、フロント9インチ、リア12インチ幅のカンパニョーロ製ホイールを装着、ブレーキもベンチレーテッド・タイプのディスクとされた。

ボディーはヘッドランプがポップアップ式からプレクシグラス(アクリル樹脂の商標)で覆われた固定式に変更。フロントのグリル面積の拡大とその両側にチンスポイラーの追加。フューエル・フィラー・キャップもフロントフェンダーに露出する形に変更されるなど、外観上も変更が加えられている。 スペアタイヤや実用性のないトランクも、全て当時の競技車両規定を満たすためのもの。

エンジンは排気量は3,929ccのままドライサンプ化。圧縮比を上げ、キャブレターを変更することにより、440HP/8500r.p.mの最高出力に高められ、900KGの車両重量と相まって300km/hの最高速を出せるとされた。

このイオタはミウラ開発用テスト車輌として使用され、その成果はミウラSVに生かされた。その後、レストレーションを受け、#5084のシャシーナンバーを刻まれ、ミラノの某伯爵に納車されるが、そこでクラッシュ、炎上し、現在、実車は残っていない。そのため「幻のスーパーカー」とも呼ばれる。

後日、このミウラSVを元に数台のレプリカが作成され、それはSVJの名で生産証明が発行された。「jota」のスクリプト(バッジ)は全て後年オーナーが独自に取り付けたもの。
また、1974年にはミウラSをベースに1台のレプリカが作成されている。
この1台は当時の最新ロープロファイルタイヤ「ピレリP7」装備のため後輪用にノーマルと同じパターンのディープリムホイールがカンパニョーロによって作られ、それに合わせてリアフェンダーがかなり拡げられている。西ドイツ在住のオーナーは納車後に自分の経営するカーディーラーでレカロ社のシート、AUTOFLUGのシートベルト、ブラウプンクトのオーディオ、BBSのホイール、リアウイングを取り付けた。この車はSVRと呼ばれ、一人のオーナーを経て当時30万米ドルで日本人に売却された。

ランボルギーニイオタとは
posted by 跳ね馬 at 03:54| ランボルギーニ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。